千田 琢哉さんの『「やめること」からはじめなさい』という本を読みました。
この本は、「何かをやろうとする、努力しようとする前に、今やり続けていることを「やめること」から始めていきましょう」という趣旨で、例えば仕事においては「残業すること」「会議に出る」「皆で一緒にランチする」「携帯にすぐ出る」といった習慣をバッサリやめましょう、といったことを挙げています。
印象的だったのが、「ツイッターをやめましょう」「頻繁なメールチェックをやめましょう」というもの。
最近、スマートホン(以下、スマホ)が普及してメールチェックやツイッターが簡単に出来てしまうので、ついついちょっとした時間を見つけてメールチェックしたり、ツイッターを投稿してしまう、という人が増えていると思います。
(私自身も心当たりがありまくりです。。。)
しかし、「それが本当に必要なのか?」と言われると、別にそんなに頻繁に見る必要はなくて、1日2回くらいにまとめても良いんじゃない?と言われば確かにそうなんですね。
私が12年前、新卒で会社に入った頃はパソコンは会社から持ち出し禁止、帰宅する際には鍵付きロッカーに入れるのが原則でしたので、メールチェックは朝晩2回と、後は仕事の合間に時々、という感じでした。
しかし今ではスマホで「いつでも」「どこでも」見られてしまうので、多い日は相当な回数見てしまうこともあると思います。仕事のメールチェックは出来なくても、プライベートのメールチェックをしてしまったりと。
結局、便利になればなるほど、かえって機械に使われてしまう図式になります。
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そう言って思いだしたのですが、以前、ファイナンシャルアカデミーの橋本さんと一緒に新幹線に乗っていたとき、こんな話を聞きました。
<自分の知り合いで、小さな工場で働いている人がいるのですが、工場に遊びに行ったときに、最近導入したばかりという最新の自動型抜き機を自慢げに見せてくれた。その機械は、鉄板を乗せると自動的にバシーンと形をくりぬいてくれる。次から次にひっきりなしにくりぬいてくれるので、機械のスピードに合わせてドンドン鉄板を乗せては仕上がり品ををどかさなくてはいけない、実に忙しい、と。>
橋本さんはその様子を見て、どっちが機械でどっちが人間か分からない、まるで機械に使われているみたいじゃないかと大笑いした、というエピソードです。
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実は似たような話が、加藤 徹さんの「漢文力」という本でも紹介されています。
(この本は、現代人の持つ様々な悩みが、実は今から2千年以上前の中国の古典でも既に取り上げられ、その処方箋についても検討されている。今も昔も、人間の悩みは変わらないんだなあ、というものです。)
昔々中国で、ある偉人が畑にさしかかったところ、老人が農耕牛のような便利な道具を使わずに、殆ど手作業で畑仕事をしていた。老人に、なぜ便利な道具を使わないのか?と問うたところ、「便利な道具があっても道具に使われるだけだ。」と答えたというエピソードです。
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あまり乱暴に農業や工業やデスクワークをひっくるめてしまうのも何ですが、要は
「いくら効率が上がるとしても、それを過剰にやり過ぎると効果が薄れるばかりか、逆効果になる」
ということだと思います。
例えばメールチェックが楽になり、以前に比べたら10分の1、100分の1の手間で出来るようになったとしても、以前に比べて10倍も100倍もの回数メールチェックをしてしまえば、その効果が相殺されてしまうばかりか、かえって注意がそちらにとられてしまい無駄が増えてしまう。
これを防ぐためには、10倍の効率化に成功したら、10倍ヒマになる、つまり従来の仕事は10分の1で済ませて、残り10分の9はそれまでと他のことをしていないと嘘になると思います。
いくら情報武装をして仕事を早く出来るようになっても、営業成績は変わらず、売上も一定であるならば、結局は無駄なことを10倍のスピードで大量にやっているに過ぎないのではないか。
自分自身の反省を含めて、そんなことを考えたりしました。
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