中村亨のビジネスEYE

働きたい?働きたくない?70歳までの就業機会確保

BUSINESS EYE

政府は、5月15日に「未来投資会議」(議長・安倍晋三首相)を開き、働きたい高齢者に対し70歳までの雇用確保を企業に求める具体的な方針を示しました。継続雇用や他企業への斡旋など7つのメニューを設けるよう、企業に努力義務を課す内容です。

今回の【ビジネスEYE】では、高年齢者雇用安定法改正案について見ていきましょう。
(参考:日本経済新聞/2019年5月16日)

(1)高年齢者雇用 拡大のねらいは

冒頭の「未来投資会議」とは、成長戦略と構造改革の加速化を図るための司令塔として官民が連携し、2016年9月から開催されている会議です。FinTechから地銀の統合、ロボットカー(自動運転車)、疾病・介護予防対策など、幅広い課題に取り組んでいます。

高年齢者雇用が取り上げられるのは、昨年10月に続いて2度目のこと。首相が2021年までに実現を目指す全世代型社会保障改革の一つで、年金財源の確保が主なねらいです。つまり、元気な高年齢者に年金制度など社会保障の支え手になってもらおう、という考えですね。

世界一の長寿国であるにもかかわらず、米国やイギリスよりも開始年齢が早く(65歳)、男性よりも平均寿命の長い女性の正規雇用者が増加することを考えると、現行の年金制度がもたないことは必至です。

年金受給開始にはオプションがあり、繰り上げ・繰り下げが可能で、仮に70歳まで繰り下げると本来の額より42%増えることになります。1名でも多く繰り下げを選択すれば、将来的な財源を確保しやすくなりますが、厚生労働省の調査によると、男女ともに繰り下げ受給をした人は1%程度にとどまっています。現在は試案の段階ですが、年金開始を68歳にする可能性も検討されているため、高年齢者の収入確保という側面でも、70歳まで働ける受け皿が必要と言えます。

(2)気になる改正案の中身

内閣府が5年前に行った調査では、70歳以降も働くことを希望する60歳以上の人は8割に上りました。

高年齢者がやりがいを持って働ける場を整備することも国家的課題と位置づけています。ただ、自分の都合のつく時間に働きたいと考える人が一定数いるなど、高年齢者の希望する就労形態は多岐にわたるとされ、政府は、多様な選択肢から自分に合った働き方を選択できる制度の検討を急いできました。

メニューは下記の7点で、企業は、どれを採用するのか労使で協議して決定します。

・定年廃止
・70歳までの定年延長
・継続雇用制度導入(現行65歳までの制度と同様、子会社・関連会社での継続雇用を含む)
・他の企業(子会社・関連会社以外の企業)への再就職の実現
・個人とのフリーランス契約への資金提供
・個人の起業支援
・個人の社会貢献活動参加への資金提供

「社会貢献活動への資金提供」といっても、お金を渡す相手が本人なのかNPOなのかなど、細かい仕組みはまだ決まっていません。継続雇用年齢65歳をそのまま70歳に引き上げるので、人件費が膨らんでしまいます。企業の負担増を鑑みて、別の企業で働くことや起業なども選択肢に加わったようです。

細かい部分は今秋の労働政策審議会を経て、70歳雇用を柱にした高年齢者雇用安定法改正案を来年の通常国会に提出する方針となっています。

活躍の場が増え、人材確保に寄与できても、働く側には課題も少なくありません。例えば、年金制度には所得のある人に対する給付抑制措置があるため、年金開始を繰り下げても増額率が下がってしまい、メリットをフル活用できない場合があります。
年金開始を繰り下げて70歳まで働こうとする人の選択を妨げる要因になるかもしれません。

企業側の環境整備も急務です。高齢になるほど体力は衰えるため、製造業では、安全な作業環境などの配慮をしないと事故が増える恐れがあります。テレワーク(在宅勤務)で働いてもらうといった事故の芽を摘むような工夫も必要ではないでしょうか。

一部SNSでは「70歳まで働き続けるなんて無理」「一体いつまで働かなければならないの」といった若年層の声も聞かれましたが、人手不足が深刻な中小企業においては、元気で意欲があり経験豊かな人材を呼び込むチャンスにもなります。日本の伸びしろはまだまだあると言えるでしょう。

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著者プロフィール

中村 亨

日本クレアス税理士法人コーポレート・アドバイザーズ・アカウンティングコーポレート・アドバイザーズM&A代表。公認会計士・税理士。

監査法人トーマツを経て会計事務所を開業。600社程のベンチャー企業の経営・財務に携わる。

2005年に株式会社コーポレート・アドバイザーズ・アカウンティングを設立し、約100人のプロフェッショナル集団を築き上げる。著書に『「俯瞰」でわかる決算書』(ダイヤモンド社)、『不況でも利益を生み出す会計力』(東洋経済新報社)など。