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非常事態が日常になったら。

2020.5.6

新型コロナウイルス感染症での緊急事態宣言が5月末まで延長され、コロナ禍からの出口がなかなか見えません。

ほぼ誰も想像すらできなかった状況のため、2月から3月にかけて、生活、仕事、そして経済も含め、社会全体がパニックとなりました。

今まで、私たちが生活の中で当たり前すぎた「安全」という存在が、コロナウイルスの蔓延によって失われ、身の安全や健康、そして経済的な安全まで、一気に崩壊していきました。ウイルスは人類にとっていかに驚異となり得るかをこれほどまでに体感したことはなかったのではないでしょうか。

マズローの5段階説では、下から2段階目に位置するのが「安全の欲求」です。
今まで当然のように、3〜5段階目に位置する「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」を求めて生きていたのに、その大前提であった「安全」という土台が崩れ、その上にあるすべてのものがグラグラ揺れる不安定な状況になっています。

一方でこの未曾有の危機には、ポジティブな側面もあると感じています。
それは、「経済的な安全」という土台に誰もが改めて向き合うことができたということです。

今ほど、生活と経済がリンクしていることを体感できる状況はありません。
パニックの初期は、「マスクがない」「トイレットペーパーがない」といった、生活をする上での身の安全やモノの供給に目が向けられていました。この問題は、時間こそかかりましたが、製造から物流・販売までに関わる多くの方々の努力により数ヶ月で改善されてきています。

でも、緊急事態宣言が解除されたあとも、経済的な安全は簡単には改善されないでしょう。
早くても半年、もしかしたら今後数年にわたって「お金がない」「仕事がない」などの状況が続き、まずは経済的な安全を確保するということを意識せざるを得なくなることが予想されます。

なぜなら、経済の循環には、モノの循環であるサプライチェーンの何倍もの時間がかかるからです。
消費、貯蓄、企業投資、政府支出、輸出入。こうした多くの要素から成る経済の循環が、数ヶ月で正常化するとは考えづらく、経済的な安全については、現在のような非常事態の状況が当面続くと考えておいたほうがよいと思っています。

非常事態が日常になったら。
そんなことを、最近強く考えるようになりました。

健康のこと、生活のこと、家族のこと、仲間のこと、仕事のこと。そしてお金のこと。

生活については、感染症の専門家が感染拡大防止のための「新しい生活様式」を提言したように、マスク着用や三密を避けるといった非常事態時の生活様式が日常となっていくでしょう。仕事も、テレワークやオンライン名刺交換など、非常事態時の様式がスタンダードになっていくでしょう。

そして、私たちの家計や資産管理にも同じことがいえます。今回のコロナ渦でこれまで安全だと思っていた経済基盤が脅かされたときに、私たち自身がとった行動。これが、これからのスタンダードになっていくでしょう。

非常事態が日常化するかもしれないアフターコロナ時代。家計や資産管理にも、安全を守るための新スタンダード「お金のニューノーマル」が誕生しようとしています。