こんにちは。
こめまるです。
子供の頃から、困難に出会った時、逃げてはいけない、負けてはいけないと教えられ育ってきました。
そして困難に出会った時、逃げないで立ち向かい、それを克服することで勝利を得るということが素晴らしいことだと教えられて来ました。実際そういう行為が称賛される場面も多く見てきました。
しかもそんなストーリーが物語となり人々の魂を揺さぶり、感動を与えてくれます。僕もそんなサクセスストーリーが大好きです。
でも、ここでちょっと見方を変えて支配する側、雇う側の論理から見ると非常に都合の良い思想でもあります。
今日は、それを考えたいと思います。
サミュエル・ウルマンの”青春”
サミュエル・ウルマンの作で”青春”という詩があります。
Youth is not a time of life, it is a state of mind.
青春とは人生のある期間ではなく心の持ち方をいう。
というのが出だしです。
でもこの短い文章に、詩の意味が凝縮されています。
この詩は、経営者たちの間で人気で、経営者たちの間で広がり、好んで使われるようになりました。
近年は、若い経営者も増えましたが、まだまだ50代~60代以上の経営者が圧倒的に多く、雇う側、支配する側が大体年長者です。
松下幸之助氏の著書にも詩と同様の内容が、書かれていましたし、私は37年間働いた会社の先代の経営者もよく同様なことを言っていました。
つまり経営者が自分よりも若い世代に対して、士気を高めるために引用するにはちょうどいい内容の詩ということです。
人を雇う側の経営者は、雇われる側の従業員のやる気を引き出し、高い成果に導くのが仕事です。それにはちょうど良い詩と思ってウルマンの”青春”を引用するのだと思います。
青春は、人生の一時期のものである
日本は、世界でも四季の変化がはっきりした数少ない自然の豊かな国です。
春、夏、秋、冬とそれぞれ楽しみ方や素晴らしさがあり、人によって好みはありますが、優越を付けるものではありません。
ところが、ウルマンの詩は、春がいいよ、春が素晴らしいよ、秋よりも冬よりも春がいいよ、と言っているようなもので、最近は非常に違和感を感じる詩です。
人生は、青春、朱夏、白秋、玄冬というように四季になぞられる考え方があります。
それぞれに意味があり、味わいがあり素晴らしさがあります。
だから青春とは人生の一時期のものであり、白秋期、玄冬期の人に青春に戻れというのはおかしな話です。
青春の時期というのは、学びと成長の時期です。つまり支配する側、雇う側の経営者は、青春という誰でも経験した時期をちらつかせ、もっと学んで成長せよ、そして成果を上げよとけしかけるわけです。
素直な僕は、一時期そんな考え方に支配されていたものです。
定年退職後は逃げるが勝ち
僕は、長く支配され雇われてきたサラリーマンの方には、自由を求めてる権利があると思います。
雇う側の論理を振りかざされ、時には脅され、時にはおだてられ、会社のために働いてきたサラリーマンの方々は、自由を求める権利があります。
その権利をすっきりと行使できるのが定年退職時です。
雇われる生き方から逃げる絶好のチャンスです。
起業してもいいですし、アルバイトを楽しんでもいいと思います。
僕はその両方を現在やっています。
起業はライター業ですが、まだまだ目が出ません、もしかしてずっと出ないかもしれません。でもいいのです、好きなことをやっているから。好きだから逃げたりしません。
アルバイトも量販店やファミリーレストラン、コンビニなどで年配者を見る機会が増えました。
今後も減ることはないでしょうし、定年退職者や高齢者をいち早く戦力として活用する企業の業績が伸びると思っています。
現在、アルバイトしている量販店も僕くらいの年代の人が何人もイキイキと働いています。
最後に
我が家の3匹の猫は、危険を察知するとさっさと逃げます。いつもまったりしているのに逃げ足は素早いです。
動物は、危険が迫るとまず逃げる、どうしようもなくなれば窮鼠猫を噛むの如く戦うかどちからです。
その点、人間は面倒な生き物です。僕も、子供の頃から物事から逃げることはいけないこと、卑怯なことと教えられてきました。その考え方を全く否定はしません。
でも今ならはっきり言えます。
定年後まで雇われて働くのが嫌なら、さっさと逃げることです。
そして新天地を目指した方が、後で振り返ると良かったと思えると思います。